「2011年ハワイの旅」 これまでの記事
1日目 : ホノルル動物園など 2日目 その1 : ザ・バスで出かけるぞ!
9月18日(日) ハワイ 2日目 その2
ワイキキ クヒオ・アベニューのバス停から ザ・バス 「2 SCHOOL/MIDDLE ST」 に乗車して約45分、ダウンタウンやチャイナタウンを抜けた先の、ノース・スクール・ストリート N.School St. と カパラマ・アベニュー Kapalama Ave. の交差点で下車。
まわりはごく普通の住宅街なのですが、そこから徒歩約5分、カパラマ・アベニューからバニース・ストリート Bernice Street を右へ折れた先に、ビショップ博物館 Bishop Museum があります。
実は… ここへ来るのは11年ぶりなんです~! (^~^)
ビショップ博物館 本館 |
カメハメハ1世から続いた王家の最後の直系子孫である バニース・パウアヒ王女 Bernice Pauahi Paki Bishop が1884年に亡くなり、その夫である実業家 チャールズ・リード・ビショップ Charles Reed Bishop が、王女の追悼のために1889年に設立したのが、この博物館です。
当初は、パウアヒ王女がハワイの子供達の教育を目的として創設したカメハメハ・スクールの敷地内に建てられたものだそうで、1960年代にカメハメハ・スクールが移転した後、徐々に拡張を重ねて、現在に至ります。
パウアヒ王女が相続した王家伝来の美術工芸品をはじめ、ポリネシア全域の美術工芸品、文献、写真など、貴重な品々を見ることができます。
開館時間は 9:00~17:00。 毎週火曜と12月25日は休館。
入館料は $17.95(プラネタリウム、サイエンスセンター、特別展示を含む)です。
正面入口を入ってすぐのミュージアム・ショップを通り抜けると、チケット・ブースがあり、入館料を払うとステッカーになっているチケットをくれますので、衣服などの見える場所に貼って入館します。
毎日 10:30、11:30、13:30、14:30 の4回、日本語による館内案内があります。
約30分間、博物館の歴史や館内の簡単な案内が聞けます。 事前予約などは不要で、時間までに本館入口に集合すればOKなので、初めての方は利用すると良いかも。
本館入口を入ったところの吹き抜け |
数年前に館内がリニューアルされたということで、2度目なのですが初めて来たような感覚です。
本館入口を入ると、左手に カヒリ・ルーム があり、ハワイ王朝時代の王族の肖像画や、王家のシンボルである、鳥の羽根で作られた「カヒリ」などが展示されています。
本館入口から右手に進むと、メインの展示室 ハワイアン・ホール に入ります。
ここは、大きな吹き抜けの3階建て回廊式になっており、天井からマッコウクジラやホヌ(アオウミガメ)の模型などが吊り下げられています。
全長約18mあるマッコウクジラの模型。 迫力! 反対側から見ると骨格標本になっています。 |
ハワイアン・ホールの中央には、古代ハワイ人が神事を行った聖域であるヘイアウのジオラマや、神の姿を彫ったティキ像、古代ハワイアンの住居ピリハレ(草葺きの家)を再現したものなどがあります。
左 : ティキ像 右 : ヘイアウのジオラマ |
ここでは、ハワイ王朝の時代に王族だけが身に着けることを許されていた、鳥の羽で作られたケープを見ることができます。
王族が身に着けていたケープ (後ろに立てられているのがカヒリ) |
これらのケープは、ハワイの固有種であるミツスイ類(花の蜜を吸う小さな鳥)の羽で作られています。
赤い羽はアパパネやイイヴィ、黄色い羽はマモやオオから取られたもの。
鳥を殺さないよう、1羽から数本の羽を取っては逃がす…ということを繰り返して素材となる羽を集めていたので、職人が何代にもわたって1枚のケープを作り上げるということも珍しくなかったそうです。
ハワイ古来の文化に係わる展示物もあります。
左:フラ・カヒコ(古典フラ)で使われる楽器 中央:古代のサーフボード 右:樹皮で織られた敷物 |
王族ゆかりの品なども展示されています。
左:パウアヒ王女 右:カメカメハ4世の王妃エマ |
カメハメハ1世 |
左:カメハメハ2世 中央:カメハメハ3世 右:カメハメハ4世・5世 |
左:カラカウア王 右:リリウオカラニ女王 |
ハワイアン・ホールの3階に上がると、こんな感じです。
3階に展示されている、ナヒエナエナ王女 Nahi'ena'ena の遺品。 こちらも鳥の羽で作られており、元は王女のスカートだったそうです。 鮮やかな黄色が目を引きます。
ナヒエナエナは「悲劇の王女」として知られています。
かつて、世界各地の王族などの間では、「神聖な血筋を守る」「一族の結束を固める」といった目的で、近親婚が容認されていました。
ハワイ王朝の時代においても、高貴な血筋の者同士の結婚…その中でも特に、より近い血を持つ者同士の結婚は「聖婚」であるとされてきました。
カメハメハ1世の娘ナヒエナエナは、カウイケアオウリ(後のカメハメハ3世)の実の妹であり、同時に婚約者でもありました。
しかし、当時ハワイで宣教師がキリスト教の布教を始め、王族の中にもキリスト教徒が増えたことで、キリスト教の教えに背く「兄妹の結婚」はまかりならんという理由で、2人の仲は引き裂かれてしまいます。
その後、ナヒエナエナはカウイケアオウリの子供を出産するのですが、その子供は生後数時間で亡くなり、その4ヶ月後にナヒエナエナは21歳で世を去りました。
…切ないですなぁ。 (´A`。)
こちらは、クヒオ王子、デューク・カハナモク、メアリー・カヴェナ・プクイに関する展示です。
クヒオ・アベニューやクヒオ・ビーチなどの名前の由来となっている クヒオ王子(ジョナ・クヒオ・カラニアナオレ Jonah Kuhio Kalanianaole) は、リリオウカラニ女王の従兄弟で、ハワイ王朝崩壊後にアメリカ下院議員に選出され、ハワイアンの政治家として初めてアメリカの議会に出席した人物。
当時アメリカの統治下にあったハワイを擁護し、文化向上に尽くしたことで、「庶民の王子」と呼ばれ、現在でもハワイの人々に愛されています。
デューク・カハナモク Duke Paoa Kahinu Mokoe Hulikohola Kahanamoku は、サーフィンが世に広まるきっかけとなった、伝説のサーファー。
また、水泳選手として、ハワイアン初のオリンピック金メダリスト(1912年 ストックホルム五輪)となった人物でもあります。 1920年 アントワープ五輪、1924年 パリ五輪でもメダルを獲得した、まさにハワイアンのヒーロー。
メアリー・カヴェナ・プクイ Mary Kawena Pukui は、クム・フラ(古典フラの正統な継承者)であり、作詞家として、またハワイ文化の研究家として著名な、例えて言うなら人間国宝のような人物。
ハワイ語辞書「Hawaiian Dictionary」の編纂者でもあり、ハワイ語の研究史に多大な功績を残しています。
こちらは、古代のハワイ文化を復興させようという運動「ハワイアン・ルネッサンス」に関する展示です。
ビショップ博物館はワイキキから少々離れた場所にありますが、ザ・バスのほかワイキキ・トロリーなどでも行くことができますので、ぜひ足を運んでみて下さい。
さて、ひと通り展示を見終わったところで、ちょっと遅めの昼食を…ということで、チャイナタウンの方へ戻ります。
( 2日目 その3 : チャイナタウンにも行ってみた へ続く )
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