本日は、劇場観賞分ではなく、手持ちのDVDから1本…
悲情城市 (1989年 台湾)
監督 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
出演 梁朝偉(トニー・レオン) 辛樹芬(シン・シューフェン) 呉義芳(ウー・イーファン) 陳松勇(チェン・ソンヨン)
高捷(カオ・ジエ) 李天禄(リー・ティエンルー)
1945年8月15日、台湾では昭和天皇の玉音放送がラジオから流れ、51年間にわたる日本統治の時代が終わった。
田寮港の船問屋である林家。 主は75歳の阿祿(李天祿)。 次男は南洋に徴用され、まだ帰らない。 三男の文良(高捷)は上海に徴用され、精神を病んだ状態で生還、入院している。
耳が聞こえず話せない四男の文清(梁朝偉)は、郊外で写真館を経営していた。 その写真館で文清と同居している教師の呉寛榮(呉義芳)の妹である寛美(辛樹芬)が、看護婦として病院で働くためにやってきた。
寛榮は、校長の娘で台湾生まれの静子(中村育代)と秘かに愛し合っていたが、日本人は故国に引き揚げなければならなかった。 静子は、寛美に寛榮への思いを託して台湾を去っていく。
ある日、文良のもとに、文雄の妾妻の兄が上海ボスと共にやって来て、阿片の密輸をそそのかす。 しかしそれは文雄が知るところとなり、彼の幼なじみとの間の諍いに発展する。 この事件は一応の決着をみせたが、何者かの密告により文良が逮捕されてしまう。 文雄は上海ボスと対面して文良の釈放を頼むが、文良はおびただしい血を吐いて帰宅してきた。
1947年2月27日、台北でヤミ煙草取締りの騒動を発端として、本省人と外省人が争う事件が勃発。 林家とそれを取り巻く人々が、台湾の人々が、激動の波に飲み込まれていく。
1895年から1945年まで台湾は日本の統治下にありましたが、終戦とともに日本統治時代が終わり、大陸から中国国民党が進駐しました。 当初、本省人 ( 台湾人 ) は祖国復帰を喜び国民党政府に期待を寄せたそうですが、やがて彼らの不正・腐敗の凄まじさに反感を抱くようになりました。
1947年2月27日、台北市でヤミ煙草を販売していた本省人の女性を摘発した中華民国の官憲が、許しを請う女性に暴行を加え金品を没収する事件が発生。 これが発端となり、翌2月28日に本省人により大規模な抗議デモが行われました。 しかし憲兵隊が非武装のデモ隊に無差別発砲を行い、本省人と外省人 ( 在台中国人 ) との大規模な抗争に発展。 やがてこの抗争は台湾全土に広がっていきます。
事件発生から約40年にわたって戒厳令が敷かれ、言論の自由が制限され、一説ではおよそ28,000人の本省人が殺害・処刑されたとも言われています。
これが、台湾では長いこと口にするのもタブーとされてきた 「 二・二八事件 」 。
戒厳令が終了したのは1987年といいますから… 比較的最近のことなんですよね。
日本人が意外に知らない、台湾の歴史。
…かく言う私も、この映画を見るまでは二・二八事件の事を知らないままでした。
1988年に李登輝が本省人初の総統に就任したことで台湾の民主化が進み、ようやく事件について語ることが許されるようになったそうです。
監督の侯孝賢は、その直後の1989年に、二・二八事件を直接的に描いた初めての映画である本作を公開。 ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞したことで、二・二八事件も世界的に知られるところとなりました。
本作は、二・二八事件をテーマにしていながら、とても静かに淡々と物語が進んでいきます。 しかし、それが 「 歴史に翻弄される台湾 」 をリアルに描き出している印象を強めています。
クローズアップを使わず、扉の隙間などから中を覗き込むかのような固定カメラでのアングルが、見る者に 「 まるで自分がそこに居合わせているかのような臨場感 」 を感じさせます。
徐々に混乱していく時代の中で、筆談をかわしながら心を通わせていく文清と寛美の姿がとても清々しい。
登場人物が多く、歴史的背景を知っていないと理解しにくい映画かもしれませんが、そういったところを踏まえたうえで繰り返し見てもらいたい作品です。
DVDがかなり入手しづらくなっているようなのが残念ではありますが…
【追記】
2014年6月にDVDが再販されたようです。 この機会にぜひ!
1 件のコメント:
私が初めて侯孝賢監督作品に出会ったのは、コロナ禍で身辺整理をしていた時昔の雑誌の切り抜きの「百年恋歌」でした。映画の画面の美しさに今までの映画と違いに文句なく感動し、呆然とした覚えがあります。次に「黒衣の刺客」、「青春四部作」と進みました。そして侯孝賢監督が「悲情城市」という最高傑作を作っていたことも知らず、生涯で一度は観るべき映画と言われているので、色々手を尽くして調べました。「悲情城市」を「非情城市」と間違えて入力したため、プレミアム価格で1万円代でゲットできました。今は殆んど2万円代もします。林家一家の姿を淡々と静かに撮すことによって、背景に歴史的な悲劇が伺えます。寛美と文清の美しいやり取りが悲しい中に色を添えます。目視での会話がこれほど美しいとは。静子の置いていった桜のくだりは、日本よりも日本的で、台湾で知るとは思いませんでした。日本人にとっては、今は、(コロナはあるけれど)桜は花の下で騒ぐことができるから好きなのでしょう。とにかくこの映画の中ではヤクザ達がドタバタとあっちへこっちへ走り回り、みっともなくもある命のやり取りをしていました。監督が若かりし頃、喧嘩ばかりしていたそうで、妙に納得をします。文清が牢に入れられ、仲間が銃殺されたことを音のみで知るとか、観る者を信頼して作られた映画ですね。お祖父さんを中心に家族で食卓を囲む場面が多いですが、台湾の人達にとっては、家族で一緒にご飯を食べることが、外で何があっても大事なのでしょうと思います。傑作を観られて本当に良かったと思います。コロナがなければ、一度台湾に行ってみたいと思いました。
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