「2012年トルコの旅」 これまでの記事
1日目 : お初です トルコ航空 2日目 その1 : アジアサイドへ 2日目 その2 : トロイ遺跡~アイワルク
3日目 その1 : エフェソス遺跡 (1) 3日目 その2 : エフェソス遺跡 (2) 3日目 その3 : エフェソス遺跡 (3)
3日目 その4 : ヒエラポリス-パムッカレ 4日目 その1 : コンヤへ向かう
4日目 その2 : メヴラーナ博物館(コンヤ)~カッパドキア 4日目 その3 : ベリーダンスディナーショー
5日目 その1 : カッパドキア気球ツアー 5日目 その2 : ギョレメ屋外博物館 5日目 その3 : エセンテペ・パノラマ
5日目 その4 : カイマクルの地下都市~ウチヒサルの砦 5日目 その5 : ギョレメ・パノラマ~パシャバー
6日目 その1 : 再びイスタンブールへ 6日目 その2 : 地下宮殿
7月19日(木) トルコ 6日目 その3
引き続き 世界遺産 イスタンブールの歴史地区 ( スルタンアフメト地区 ) を巡ります。
地下宮殿の見学を終え、14:00頃、アヤソフィア博物館 Ayasofya Müzesi へ。
アヤソフィア博物館 |
建築史の本には、たいてい 「 ビザンツ建築の代表 」 としてアヤソフィアが載っているということもあって、とにかく来たかったんですよ~ここ! (^^)
東ローマ帝国時代、4世紀にアヤソフィアの元になる教会が造られ、その後何度かの焼失を経て、537年から6年かけて造られたのが、このビザンツ様式の大聖堂。
ビザンツ帝国時代はギリシャ正教の総本山となっており、古典ギリシャ語では ハギア・ソフィア Ἁγία Σοφία ( Hagia Sophiā ) と呼ばれました。
1453年にコンスタンティノープル ( 現イスタンブール ) が陥落し、オスマン帝国の時代になると、当時のスルタンであるメフメト2世により教会はジャーミィ ( イスラム教の礼拝堂 )に変えられ、メッカの方向を示すミフラーブが加えられました。
建物の周囲には、4本のミナレ ( Minare ジャーミィに付随する尖塔 ) が増設され、キリスト教会時代のモザイク壁画は漆喰で塗りつぶされてしまいました。
1931年、アメリカの調査隊が、漆喰に埋もれていたモザイク画を発見。
トルコ共和国建国後、脱イスラム国家化を進めていた初代大統領ケマル・アタテュルクは、アヤソフィアを無宗教の文化財として世俗化し博物館に改め、1935年から一般に公開しています。
いざ入場! |
入ってすぐの側廊に、モザイク画があります。
側廊 |
幼いイエスを抱いた聖母マリアを中心に、向かって右にコンスタンティヌス1世、左にユスティニアヌス1世が描かれています。
側廊から大ドームへ入ると… おお~、圧巻です! (@△@)
頭上に直径31mの大ドーム、奥に半ドームという構造。 |
内部北面 |
内部南面 |
大ドームの天井には、4体のセラフィム ( 熾天使 ) が描かれています。 以前は翼で顔が隠されていたものが、2011年の修復作業で顔部分が表に出てきたそうです。
セラフィム ( 熾天使 ) は、3対6枚の翼を持つ最上位階の天使 |
顔部分が現れたセラフィム |
奥の半ドームを見ると、上には聖母子のモザイク画、下にはメッカの方向を示すミフラーブがあり、この建物が辿った歴史を物語っています。
半ドーム |
一通り説明を聞いた後、30分ほど各自フリーで見学タイム。
内部に 「 聖母マリアの手形 」 と呼ばれる柱があります。 柱のくぼみに親指を入れて、あとの4本の指先で柱から離さずにぐるっと円が描けたら、願いがかなうとされています。
聖母マリアの手形 |
せっかくなので、2階に上ってみました。 階段で上がるんだとばかり思っていたら…
…階段ではなく石畳のスロープ! 昔のままなんですね。 映画のワンシーンの中にいる気分。 (^^)
2階から見たドーム内部 |
2階で、モザイク画をいくつか見ることができます。
イエスを中心に、向かって右が洗礼者ヨハネ、左が聖母マリア |
聖母子を囲むコンスタンティヌス9世夫妻 |
イエスを囲むヨアンネス2世夫妻 |
いやぁ、見ごたえありました! 1400年以上も前にこれだけの建物を造る技術があって、何度も修復されているとはいえ今も残っている… それだけで感激です~。 (*´д`*)
次は、スルタンアフメト・ジャーミィを見学します。
( 6日目 その4 : スルタンアフメト・ジャーミィ へ続く )
0 件のコメント:
コメントを投稿